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大阪高等裁判所 昭和50年(行コ)50号 判決

大阪府豊中市上野西三丁目一三の一八

控訴人

矢野武雄

同所

控訴

人矢野ハル

大阪府豊中市永楽荘三丁目七番二四号

控訴人

矢野義雄

大阪府豊中市上野八丁目二八番地

控訴人

岡本静子

右四名訴訟代理人弁護士

駒杵素之

大阪府池田市城南二丁目一番八号

被控訴人

豊能税務署長

奥田実

右指定代理人

河原和郎

上野旭

中嶋寅雄

今福三郎

河本省三

右当事者間の譲渡所得課税処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和四六年三月四日付で昭和四二年度分所得税の総所得につき、控訴人矢野武雄に対し、金六、一〇九、七五一円と決定した処分のうち金五、〇四八、一四〇円をこえる部分、控訴人矢野義雄に対し、金二、七二四、七一一円と決定した処分のうち金一、六六三、一〇〇円をこえる部分、控訴人矢野ハルに対し金一、六六七、四一六円と決定した処分、および控訴人岡本静子に対し金一、〇六一、六一一円と決定した処分は、いずれもこれを取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

証拠として、控訴代理人は、甲第一乃至第七号証を提出し、原審及び当審における控訴人矢野武雄本人尋問の結果を援用し、乙号各証はいずれも原本の存在とその成立を認めると述べ、被控訴代理人は、乙第一乃至第三号証を提出し、原審証人武部芳松の証言を援用し、甲第五号証は不知、その余の甲号各証はいずれもその成立を認めると述べた。

理由

当裁判所も、控訴人らの請求は失当として棄却すべきものと考える。その理由は、次のとおり附加訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する(原判決七枚目表一一行目「原告矢野武雄本人尋問」を「原審及び当審における控訴人矢野武雄本人尋問」と改め、原判決八枚目表最終行「結果の一部」の次に「及び右本人尋問の結果と弁論の全趣旨により弁護士南利三が作成した書面であると認められる甲第五号証の記載の一部」を、また、同裏一行目「経緯・」の次に「、前掲甲第二号証の記載」を各挿入し、原判決九枚目裏二行目「なお」から一〇枚目表一行目までを削除する)。

控訴人らが本件調停により訴外武部芳松より控訴人らが取得した金員を所得税法第九条第一項第二一号、同法施行令第三〇条第二号にいう損害賠償金として非課税所得たるべきものに該当すると主張する論拠は必ずしも明らかでないが、察するに、大阪府知事が昭和二二年二月二日控訴人ら先代亡矢野由蔵に対し矢野由蔵所有の農地を自作農創設特別措置法第三条に基き買収した処分は、日本国の矢野由蔵に対する不法行為であるから、矢野由蔵は日本国に対し不法行為による損害賠償請求権を有する。武部芳松は、矢野由蔵の右債権を相続により取得した控訴人らに対し、日本国に代位して右損害賠償債務を弁済したものであるとするもののようである。もし、そうであるならば、当裁判所は次のように考える。

さきに認定したところの控訴人らの大阪府知事に対する農地買収処分取消訴訟(大阪地方裁判所昭和二五年(行)第一七号)がもし控訴人らの勝訴に確定するならば、右農地の売渡処分を受けた訴外井上鶴松は土地所有権を取得しなかつたことになり、従つてまた、右井上よりこれを買受けた武部芳松は右土地の所有権を失うことになり、一方、右行政訴訟で勝訴した控訴人らは買収当時に遡つて土地の所有権を回復することになる。武部芳松としては、右結果が生ずる危険が現存する以上、ある程度の譲歩をして控訴人らに右行政訴訟を取下げてもらうのが得策である。控訴人らとしても、右行政訴訟において勝訴判決を得ることが確実でない以上、土地所有権の全面回復の希望をある程度譲歩してその一部の満足を計るのがむしろ得策である。この両者の思惑がその細部においても合致点に到達して、本件調停の成立を見たのである。控訴人らの提起している訴訟は、武部芳松を当面の被告とするものではないが、これを媒介として生じた右両者間における民事紛争の本質は、控訴人らが武部芳松に対し、土地の全部につき自己の所有権を主張し、武部芳松はこれを争うことにあつた。右紛争において相互の譲歩の結果、調停条項第一項にあるように、本件土地の北半分につき控訴人らは所有権を回復し、南半分につき武部芳松は所有権を保全することに一致点を見出したのであるが、現にその北半分をも占有している武部芳松としてはこれを手離し難く、一方、控訴人らとしては、土地の北半分の所有権の現実の回復には必ずしもこだわる必要がなく、これと類似する経済的結果が得られればそれで差しつかえがないところから、武部芳松から控訴人らへの金員の給付を第一次的とし(調停条項第二項)、土地所有権の回復を第二次的とする(調停条項第三項)ことに、また、両者の意思の一致を見たものである。さきに認定した事実関係の下においては、右両者間の本件調停における紛争の内容は、このようなものと判断するのが正鵠を射ている。そうであれば、本件調停において、武部芳松が控訴人らへ支払を約した金員の性質は、まさに、控訴人らが回復すべき本件土地北半分の代償としての金員給付にほかならない。それはまさに土地の譲渡代金に類するものである。調停条項上これを「損害賠償金」と表現したからといつて右金員の性質が変わるわけのものではない。調停条項上の右表現だけを楯にとつて、これを国の不法行為による損害賠償金の代位弁済であるなどと論ずるのは牽強附会といわなければならない。当裁判所の右判断に添わない原審および当審における控訴人矢野武雄本人尋問の結果は信用できず、控訴人らの主張は採用できない。

なお、以上のように考察すると、控訴人らの所得は、所得税法上はむしろ譲渡所得に該当するのではないか、との疑念が生ずるかもしれない。被控訴人豊能税務署長のなした本件所得税決定処分は、これを譲渡所得として算定したのも故なしとしない。右処分に対する控訴人らの審査請求に対し大阪国税不服審判所長は、これを一時所得の収入金額に該当するものと認定したうえ、総所得金額を減額して右課税決定の一部取消の裁決をしているが、それは、本件調停による給付金の性質を譲渡代金の性質をもつては賄い切れないものが残るとの判断によるものと推測される(成立に争いのない甲第一号証参照)。もつとも被控訴人は、控訴人らの昭和四二年度分所得税の課税標準額の決定にあたり、その各譲渡所得を、控訴人矢野ハルの分については金一七一万五七五〇円、その余の控訴人の分については各金一〇九万三八三三円としており、それが、控訴人らが武部芳松から損害賠償の名目で受領した金一二八八万円と損害金の名目で受領した金二九万円とを合算した金額を控訴人矢野ハル三分の一、その余の控訴人各九分の二の割合で配分した各金額(原判決別紙一の表の(イ)欄及び〈4〉欄の各金額を合算した各金額と同類である。)を収入金額とし、これから譲渡に要した費用の額として控訴人らが南弁護士に支払つた金一九七万五五〇〇円を前同様の割合で各控訴人に配分した各金額(同表の(ロ)欄の各金額と同額である。)及び特別控除額として各金三〇万円を控除した各金額の二分の一に相当する金額として、算出されているものであることは、計算上明白である。これは、本件土地の北半分の所得額を前同様の割合で各控訴人に配分した各金額(それは、所得税法第六一条第二項により、昭和二八年一月一日における価額として政令で定めるところにより計算した金額によることとなる。)を控除していない点失当である。しかし、右規定による本件土地の北半分の取得額は到底金二九万円に達しないことは公知の事実であるが、大阪国税不服審判所長の各裁決は損害金名目で受領した金二九万円を課税所得に含めていないのであるから、本件調停による所得を譲渡所得とみた場合の控訴人らの総所得金額は、前記の取得額を控除すべきことを考慮に入れても、なお、右各裁決における控訴人らの総所得金額を上廻わるものとなることは、明らかである。従つて、本件調停による控訴人らの所得をもつて譲渡所得と解したとしても、本件の結論は変らない。

そうすると、原判決は正当であつて本件控訴は理由がないので、これを棄却し、控訴費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 坂井芳雄 判事 下郡山信夫 判事 富沢達)

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